「新たなる力」

【聖書の箇所】

ヤコブよ、何ゆえあなたは、「わが道は主に隠れている」と言うか。
イスラエルよ、何ゆえあなたは、「わが訴えはわが神に顧みられない」と言うか。
あなたは知らなかったか、あなたは聞かなかったか。
主はとこしえの神、地の果の創造者であって、
弱ることなく、また疲れることなく、その知恵ははかりがたい。
弱った者には力を与え、勢いのない者には強さを増し加えられる。
年若い者も弱り、かつ疲れ、壮年の者も疲れはてて倒れる。
しかし主を待ち望む者は新たなる力を得、わしのように翼をはって、のぼることができる。
走っても疲れることなく、歩いても弱ることはない。

(イザヤ書40章27〜31節)

「すべての人救い主のしるし」

【聖書の箇所】ところが、彼らがベツレヘムに滞在している間に、マリヤは月が満ちて、 初子を産み、布にくるんで、飼葉おけの中に寝かせた。客間には彼らのいる余地がなかったからである。
さて、この地方で羊飼たちが夜、野宿しながら羊の群れの番をしていた。 すると主の御使が現れ、主の栄光が彼らをめぐり照したので、彼らは非常に恐れた。 御使は言った、「恐れるな。見よ、すべての民に与えられる大きな喜びを、あなたがたに伝える。 きょうダビデの町に、あなたがたのために救主がお生れになった。このかたこそ主なるキリストである。 あなたがたは、幼な子が布にくるまって飼葉おけの中に寝かしてあるのを見るであろう。それが、あなたがたに与えられるしるしである」。(ルカによる福音書2:6-12)

「マリヤを通してみわざをあらわす神」

【聖書の箇所】六か月目に、御使ガブリエルが、神からつかわされて、ナザレというガリラヤの町の一処女のもとにきた。 この処女はダビデ家の出であるヨセフという人のいいなづけになっていて、名をマリヤといった。 御使がマリヤのところにきて言った、「恵まれた女よ、おめでとう、主があなたと共におられます」。 この言葉にマリヤはひどく胸騒ぎがして、このあいさつはなんの事であろうかと、思いめぐらしていた。 すると御使が言った、「恐れるな、マリヤよ、あなたは神から恵みをいただいているのです。 見よ、あなたはみごもって男の子を産むでしょう。その子をイエスと名づけなさい。 彼は大いなる者となり、いと高き者の子と、となえられるでしょう。そして、主なる神は彼に父ダビデの王座をお与えになり、 彼はとこしえにヤコブの家を支配し、その支配は限りなく続くでしょう」。 そこでマリヤは御使に言った、「どうして、そんな事があり得ましょうか。わたしにはまだ夫がありませんのに」。 御使が答えて言った、「聖霊があなたに臨み、いと高き者の力があなたをおおうでしょう。それゆえに、生れ出る子は聖なるものであり、神の子と、となえられるでしょう。 あなたの親族エリサベツも老年ながら子を宿しています。不妊の女といわれていたのに、はや六か月になっています。 神には、なんでもできないことはありません」。 そこでマリヤが言った、「わたしは主のはしためです。お言葉どおりこの身に成りますように」。そして御使は彼女から離れて行った。(ルカによる福音書1:26-38)

「クリスマスは子どもたちのために」

【聖書の箇所】ユダヤの王ヘロデの世に、アビヤの組の祭司で名をザカリヤという者がいた。その妻はアロン家の娘のひとりで、名をエリサベツといった。 ふたりとも神のみまえに正しい人であって、主の戒めと定めとを、みな落度なく行っていた。 ところが、エリサベツは不妊の女であったため、彼らには子がなく、そしてふたりともすでに年老いていた。
さてザカリヤは、その組が当番になり神のみまえに祭司の務をしていたとき、 祭司職の慣例に従ってくじを引いたところ、主の聖所にはいって香をたくことになった。 香をたいている間、多くの民衆はみな外で祈っていた。 すると主の御使が現れて、香壇の右に立った。 ザカリヤはこれを見て、おじ惑い、恐怖の念に襲われた。 そこで御使が彼に言った、「恐れるな、ザカリヤよ、あなたの祈が聞きいれられたのだ。あなたの妻エリサベツは男の子を産むであろう。その子をヨハネと名づけなさい。 彼はあなたに喜びと楽しみとをもたらし、多くの人々もその誕生を喜ぶであろう。 彼は主のみまえに大いなる者となり、ぶどう酒や強い酒をいっさい飲まず、母の胎内にいる時からすでに聖霊に満たされており、 そして、イスラエルの多くの子らを、主なる彼らの神に立ち帰らせるであろう。 彼はエリヤの霊と力とをもって、みまえに先立って行き、父の心を子に向けさせ、逆らう者に義人の思いを持たせて、整えられた民を主に備えるであろう」。(ルカによる福音書1:5-17)

「パウロとシラス」

【聖書の箇所】 彼女の主人たちは、自分らの利益を得る望みが絶えたのを見て、パウロとシラスとを捕え、役人に引き渡すため広場に引きずって行った。 それから、ふたりを長官たちの前に引き出して訴えた、「この人たちはユダヤ人でありまして、わたしたちの町をかき乱し、 わたしたちローマ人が、採用も実行もしてはならない風習を宣伝しているのです」。 群衆もいっせいに立って、ふたりを責めたてたので、長官たちはふたりの上着をはぎ取り、むちで打つことを命じた。 それで、ふたりに何度もむちを加えさせたのち、獄に入れ、獄吏にしっかり番をするようにと命じた。 獄吏はこの厳命を受けたので、ふたりを奥の獄屋に入れ、その足に足かせをしっかとかけておいた。真夜中ごろ、パウロとシラスとは、神に祈り、さんびを歌いつづけたが、囚人たちは耳をすまして聞きいっていた。 ところが突然、大地震が起って、獄の土台が揺れ動き、戸は全部たちまち開いて、みんなの者の鎖が解けてしまった。 獄吏は目をさまし、獄の戸が開いてしまっているのを見て、囚人たちが逃げ出したものと思い、つるぎを抜いて自殺しかけた。 そこでパウロは大声をあげて言った、「自害してはいけない。われわれは皆ひとり残らず、ここにいる」。 16:29すると、獄吏は、あかりを手に入れた上、獄に駆け込んできて、おののきながらパウロとシラスの前にひれ伏した。 それから、ふたりを外に連れ出して言った、「先生がた、わたしは救われるために、何をすべきでしょうか」。 ふたりが言った、「主イエスを信じなさい。そうしたら、あなたもあなたの家族も救われます」。 それから、彼とその家族一同とに、神の言を語って聞かせた。 彼は真夜中にもかかわらず、ふたりを引き取って、その打ち傷を洗ってやった。そして、その場で自分も家族も、ひとり残らずバプテスマを受け、 さらに、ふたりを自分の家に案内して食事のもてなしをし、神を信じる者となったことを、全家族と共に心から喜んだ。(使徒行伝16:16~34)

「祝福することだけに専念する」

【聖書の箇所】あなたがたを迫害する者を祝福しなさい。祝福して、のろってはならない。 喜ぶ者と共に喜び、泣く者と共に泣きなさい。 互に思うことをひとつにし、高ぶった思いをいだかず、かえって低い者たちと交わるがよい。自分が知者だと思いあがってはならない。 だれに対しても悪をもって悪に報いず、すべての人に対して善を図りなさい。(ローマ人への手紙12:14~17)

「人間の知恵をこえる知恵をもつ方法」

【聖書の箇所】しかしわたしたちは、 円熟している 者の 間では、 知恵を 語る。この 知恵、この 世の者の 知恵ではなく、この世の滅び行く支配者たちの 知恵ちえでもない。むしろ、わしたちが 語るのは、 隠された 奥義としての神の知恵である。それは神が、わたしたちの受ける栄光のために、 世の始まらぬ先から、あらかじめ定めておかれたものである。この世の 支配者たちのうちで、この知恵を 知っていた 者は、ひとりもいなかった。もし 知っていたなら、 栄光の 主を 十字架につけはしなかったであろう。 しかし、 聖書に 書いてあるとおり、「 目がまだ 見ず、 耳がまだ 聞かず、 人の 心に 思い 浮かびもしなかったことを、 神は、ご 自分を 愛する 者たちのために 備えられた」のである。 そして、それを 神は、 御霊によってわたしたちに 啓示して 下さったのである。 御霊はすべてのものをきわめ、 神の 深みまでもきわめるのだからである。 いったい、 人間の 思いは、その 内にある 人間の 霊 以外に、だれが 知っていようか。それと 同じように 神の 思いも、 神の 御霊 以外には、 知るものはない。 ところが、わたしたちが 受けたのは、この 世の 霊ではなく、 神からの 霊である。それによって、 神から 賜った 恵みを 悟るためである。 この 賜物について 語るにも、わたしたちは 人間の 知恵が 教える 言葉を 用いないで、 御霊の 教える 言葉を 用い、 霊によって 霊のことを 解釈するのである。 生れながらの 人は、 神の 御霊の 賜物を 受けいれない。それは 彼には 愚かなものだからである。また、 御霊によって 判断されるべきであるから、 彼はそれを 理解することができない。 しかし、 霊の 人ひとは、すべてのものを 判断するが、 自分 自身はだれからも 判断されることはない。 2:16「だれが 主の 思いを 知って、 彼を 教えることができようか」。しかし、わたしたちはキリストの 思いを 持っている。(1コリント2:6~16)